文化庁が発表した「著作権法に関する今後の検討課題」のうち、まずは2.デジタル対応の(1)デジタル化時代に対応した権利制限の見直しについてみてみましょう。
検討課題は、「キャッシング等通信過程の効率化を目的とする複製、機器内で不可避的に生じる一時的な蓄積(複製)、機器の保守・修理に伴う複製等について、権利制限を拡大することに関して検討する。」としています。
これに対応して、文化審議会著作権分科会では、ワーキングチームを立ち上げて検討を始めました。
この論点について、米国の情報を織り交ぜつつ、コメントしたいと思います。
長くなりそうなので、まずは、問題の所在をご紹介しましょう。そもそも、何が問題なのか?
ずばり、「デジタル・ネットワーク時代には、通信過程でも機器内でも、沢山の複製が日常的に行われているが、それに著作権は及ぶのか?及ぶとすると、いちいち著作権者の許諾がいるのか?」ということです。
デジタル化に伴って、通信過程やデジタル機器内では、沢山の複製が行われています。たとえば、技術者の方に聞くと、こんなお返事をいただいたりします。
「コンピュータはマルチタスク(複数の仕事を同時にこなす)とはいっても、順番待ちは当然あるわけで,そのためにデータを一時的に保存することがあります.RAMへのキャッシングもそうだし,仕事が立て込んでくると,HDDへ一時的に書き出したりすることもあります.」
また、最近のデジタル家電は、全て、RAMなどに情報をキャッシングしながら再生・ディスプレイなどをしています。
通信過程でも、たとえば、プロキシ・サーバー、Webキャッシュサーバー、中継サーバーなどでは、頻繁に複製が行われています。
これらは全て、通信と情報処理の効率化のために行われている行為ですが、そのほかに、実際の通信サービスの提供に当たっては、万一の事故のためにバックアップを常に取っていたり、数え切れないほどの複製が起こっているのです。アナログ時代にはなかった複製ばかりですね。
これらの複製は、著作権法にいう「複製」なんだろうか?というのは、当然起こってくる疑問です。もしも、そうなのなら、著作権者の許可がないとだめなんだろうか?
米国では、1993年に、 MAI Systems Corp. v. Peak Computer, Inc., 991 F.2d 511, 519 (9th Cir. 1993)という判決で、ここで、(キャッシングのような)どんなに瞬間的なデータの蓄積であっても著作権法にいう「複製」に当たる、という判断がされました。第9巡回控訴裁判所曰く、"the loading of software into the RAM creates a copy under the Copyright Act."だそうです。(991 F.2d at 519) この判決は、その後も沢山の判例で引用され、踏襲されています。
ここで起こる疑問は、「そうすると、Webのブラウジングも、CDプレーヤーでちゃんと購入したCDを聞くのも、デジタルテレビでテレビや映画を見るのも、全部著作権者の許可がないと違法なのか?」という問題です。
そんなことになったら、日常生活、大混乱、ですよね。勿論、通信会社(ISPさんや通信バック・ボーンの方たち)も、大変です。
そこで、この判決は、その後大きな議論を呼ぶことになりました。
この論争は、1996年のWIPO著作権条約の際にも議論され、大紛糾しました。米国は、RAMなどへのキャッシングなどの一時的複製も著作権法にいう複製に該当する、ということを明示すべきだという立場を取っており、当初の条約案のドラフト第7条には、一時的な複製であっても複製に該当することを確認する、という提案がなされていたのです。しかし、この条文は、米国の通信会社や日本などいくつかの国の反対で、結局最終の条約には残りませんでした。
ちなみに、ドラフト第7条はこちらです。
"Article 7: Scope of the Right of Reproduction.
(1) The exclusive right accorded to authors of literary and artistic works in article 9(1) of the Berne Convention of authorizing the reproduction of their works shall include direct and indirect reproduction of their works, whether permanent or temporary, in any manner or form.
(2) Subject to the provisions of article 9(2) of the Berne Convention, it shall be a matter for legislation in Contracting Parties to limit the right of reproduction in cases where a temporary reproduction has the sole purpose of making the work perceptible or where the reproduction is of a transient or incidental nature, provided that such reproduction takes place in the course of use of that work that is authorized by the author or permitted by law."
では、なぜ日本は反対したのか?
それは、キャッシングその他全てのデータの蓄積が複製権侵害になると、日常生活における著作権へのアクセス(CDを聞いたり、Webで文章や絵を見たり、テレビを見たり、などなど)が全て実質的に「複製権」の範疇になってしまって、「アクセスは自由だ」という著作権の大原則が崩れてしまうからです。
もちろん、このことは、米国なども認識していて、そのために上記(2)にいうような「瞬間的なもの」などは除外することができる、という風にしていたのですが、良く考えると、では、「一時的」と「瞬間的」は、一体どこで線を引くのか?よく分かりません。
結局、議論は紛糾し、この規定は見送りとなったわけです。
では、米国はこの問題に対してどう対応しているのか?
米国で最もこの「複製」の定義に反発を示したのは、当然のことながら、通信業界でした。そこで、米国は、通信業界に対しては、複製についての例外規定を特別に設けることで、影響の出ないように配慮することにし、政治的な決着をつけました。それが、1998年のデジタル・ミレニアム著作権法で導入された米国著作権法の512条です。
しかし、これはISPに対する例外規定ですので、一般の個人には適用されません。では、一般の人がコンピュータやデジタル機器を使うときに生じてしまう複製はどうするのか?
この点、米国著作権法117条は、コンピュータ・ソフトウエアの正規購入者やその正規購入者に委託された者がコンピュータ上でソフトウエアを用いるときに生じる複製や改変などについての例外規定を設けています。
では、コンピュータ・プログラム以外の著作物(音楽や文章や写真や絵画)をデジタル機器で視聴するときに生じる複製はどうなってしまうのか?米国著作権法は、これらについては一切例外規定を設けていません。
しかし、それが全て、著作権者の許諾なしには違法だ、というのでは、日常生活大混乱、ですよね。この点、米国の学者たちは、「明確ではないが、Fair Useか、もしくは黙示的な合意があるものと見て、適法とすべきだ。」と議論しています。
では、日本ではなぜ、この問題が今頃注目されているのか?
それは、日本の判例で、「RAMへのデータの蓄積は著作権法にいう複製ではない」という判例があり、これまでは、この立場が一応、日本の解釈だとされてきたのを、ここになって見直す(つまり、原則を変えて、RAMへのキャッシングその他のデータ蓄積も、原則は著作権上の複製だと考えた上で、適切な例外規定を設けよう、という方向へ転換しよう)ということなんです。
これは、日本にとって、いいことか、悪いことか。
どんな影響があるんだろうか?
それを、次の記事で書いてみたいと思います。