さて、先ほどの宣言どおり、少し路線を変えて、読んだ論文で面白いものの簡単な紹介などしてみたいと思います。
最近、日本でも注目を集めつつある、法制度の経済学的分析(Law & Economics)で、著作権関連の分野で活躍している米国の学者の一人に、Wendy J. Gordonがいます。彼女のPublication listを見ると、その奥の深さが分かります。
沢山ある彼女の論文の中で、まず有名なものといえば、これです。
"Fair Use as Market Failure: A Structural and Economic Analysis of the Betamax Case and Its Predecessors," 82 Columbia Law Review 1600 (1982). Reprinted at 30 Journal of the Copyright Society 253 (1983). Reprinted in 1 The Economics of Intellectual Property 377 Ruth Towse and Rudi W. Holzhauer, eds., The International Library of Critical Writings in Economics, Edward Elgar Publishing (2002).
その題名が示すように、Fair Use(日本では、私的複製・引用等に代表される著作権の例外規定)は、Market Failure、とりわけ、取引費用(Transaction cost)が高いという市場の問題を解決する役割を果たしている、という経済分析をしているものです。
少し考えてみれば分かることですが、著作物の利用というのは、日常生活の中で、色んな形で起こります。それを、一つ一つ、権利者へライセンスを取らなければ違法だ、訴訟も損害賠償もありえる、とされると、「そこまでして利用する価値はない」と、利用自体を諦めてしまう人が沢山いることでしょう。または、どんなに高いお金を積まれても、許諾するのは嫌だ、という権利者もいるかもしれません。
このように、ライセンスを取得するための費用(どんな権利があるのか知る費用・権利者を探す費用・権利者と交渉する費用・権利者に支払う対価などの合計)が、この場合の著作物利用のための「取引費用」です。これらの合計に比べて、著作物の利用価値が低い場合、経済合理的な判断をするという前提の経済学モデルでは、人は著作物の利用を諦めることになります。
しかし、現実には、著作権法を知り尽くし、権利者を探し出して一つ一つ許諾を取るのは、得てして大変な作業です。そうすると、ささやかな経済価値しか持たないような利用(しかし日常沢山起こる利用)は、一律、社会で陽の目を見ない、違法だ、となってしまうのでしょうか?それでは、困りますね。
そこで、取引費用よりも価値が小さいだろう利用のうち、正当な目的のあるもの、権利者にそれほど影響のないもの、社会的に重要な価値のあると法が判断したもの等については、「例外」という形で著作権を免除することにより、この「取引費用に利用が阻まれる」という問題を解決しようとしている、ということです。
この論文は、非常に優れた論文ですが、後日Gordon教授が自ら指摘されるように、彼女にとっては不本意な利用のされ方がされるようになります。
続きは(2)でご説明しましょう。